紋次郎の膵炎 その16

紋次郎が亡くなる最後の晩。

もう起き上がれず、自力で排泄に行けない状態。
それでも瞳孔の開いた眼は優しくうるんでいるようでした。

僅かにいつもより早い鼓動。
一定間隔で何かに耐えるように握りしめる手。
時折喉にからんだ痰をきるように頭を振っていました。

夜中12時前、持てる力を降りしぼって起き上がろうとするので
もしやとトイレを近くに寄せて、支えながら上に載せると
震える足でおしっこをしました。
一度離すとまた這おうとするので再び載せると
もう立てずに倒れこんでしまいました。
不意のことで頭を打ってしまい、ああ紋次郎!とまた支えようと身体を起こすと、
微かな声で「ミー…」と鳴きました。
これが最後に聞いた紋次郎の声。
切なくか細い、最後の声。

苦しいね…。
思わず私と母は横たわる紋次郎をはさんだまま、
明日もこの状態なら先生に安楽死を頼もうと…口にしてしまいました。
それはこの一週間、何度も頭をかすめた
「もし私がこの手で首をしめたら…楽になるだろうか…」という思い。

そのまま紋次郎を真ん中に私たちは眠りに落ちました。
時折紋次郎の手がつないだ私の手をぎゅっと握り、痰をきるように頭を振っていました。
ウトウト…
気づくと紋次郎の振る頭の勢いが強くなって、
手は空をもがいて私の頬をひっかき、
一気に沢山の黄色いものを吐いた後、紋次郎の息が止まりました。

もんちゃん、もんちゃん、って叫びました。
もう一度、ゲッと吐きました。
そしてもう2度と動かなくなりました。

その時の紋次郎の顔、力、匂い、音、全てが焼きつきました。

私は何としても紋次郎を最期まで看取りたいと思ってきました。
息を引き取るその瞬間まで立ち会いたいと。
今全てを見たあとそれが良かったのか、自信を持てずにいます。
それくらい、最期の瞬間の印象は強くて、受け入れるのが辛いものでした。

何故か、同じように黄疸で苦しみ、癌で逝った父の最期にも似ていました。

この記事を書くのはしんどかったです。
こんな記事を読みたくない方もいるでしょう。
だけど私がわからない病気のことを調べている時、
何が起こるか不安でしょうがなかった時、
包み隠さず闘病を記していた記事に助けられてきたので、
紋次郎のことも書いておこうと思いました。

何をしても、選んでも後悔するものなんだよ、
って言葉はその通りかもしれません。

結局紋次郎は自分の力で病気と闘い抜き、
自分の力で逝きました。

それを立派だと思います。

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2 Comments

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2013/03/28 (Thu) 22:42 | EDIT | REPLY |   

Kazumi  

T子さん、

とっても素敵なコメント有難うございます。
T子さんの思いも、溢れるように伝わってきました。
1週間経って、私はとても落ち着いています。
紋次郎がいない。それ以外は何ひとつ変わっていないのに、私には全く違う世界に変わってしまったと思える日々の中でも、気持ちは落ち着いています。
数ヶ月の闘病で、いやだいやだと嘆きながらも紋次郎が行ってしまうことへの準備ができていたからかもしれません。
もう紋次郎の苦しみが終わったこと、そして私たちの心配や恐れも終わったことからくるのかもしれません。
これからは、沢山紋次郎から受け取ったメッセージをどれだけ実現していけるのか、だけを考えています。
それが何より紋次郎が生きていた、生きている証となるでしょうから…
紋次郎は私の背中を押すために逝ったのだと思います。
動物たちも、私たちも、命には限りがあるから、それがまだ手にあるうちはめいっぱい愛して、悩んで、笑って、泣いていいと思います。

いつか虹の橋で再会したときに、
どんなに良い人生を送ってきたか動物たちに報告できるといいなと思います。
紋次郎は私の背中を押すために逝ったのだと思います。

2013/04/01 (Mon) 17:05 | EDIT | REPLY |   

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